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自光雲五代とは?自雪舟との違いや加藤巍山の想いを徹底解説!

情熱大陸で放送された加藤巍山さんの仏師としての生き様が話題となっています。そこで初めて仏師という職業を知られた方もいるのではないでしょうか?

加藤巍山さんは仏師でありながら、近代彫刻家としての顔もあわせ持つ素晴らしい方で、比叡山の得度を受け、出家もしているというそれはもう徳の高い方です。

そんな加藤巍山さんは、独立して埼玉県白岡市で活動をしていますがどこにも所属していません。しかし「自光雲五代」を表明しています。

この「自光雲五代」とはいったいなんなのでしょうか?

聴きなれない仏師という世界の事、調べてみました!さっそくみて行きましょう!

自光雲五代とは?加藤巍山さんの想い

何故、加藤巍山さんは「自光雲五代」を表明したのか。

この言葉の前に「自雪舟五代」という言葉があります。これはときに安土桃山時代に遡ってしまう話ですが、その頃に活躍した長谷川等伯という絵師がいました。

この長谷川等伯は、当時日本が狩野派の画風の影響力が強かった時、狩野派だけじゃなく、中国画家、雪舟の水墨画にも影響を受け、後に狩野派と並び称される長谷川派が出来るほど独自の画風で影響力を持った。

そこで晩年、世間から注目が高まっていて自らも影響を受けた雪舟・養父が雪舟の弟子の門下生だったという事で自分が雪舟の流れをくみ、雪舟から五代目にあたるという意味の「自雪舟五代」を表明したんです。

自雪舟五代の流れは

雪舟→等春→法淳(養祖父)→道浄(養父)→等伯

自分自身、しいては長谷川派の画風の正当性、家系の正当性をも宣言し、絵師としての覚悟にてさらにその地位を確立していったといいます。

その覚悟に加藤巍山さんは深い感銘を受けたそうで、自分の仏師としての想いを長谷川等伯になぞらえることで、自分の覚悟の表明として、高村光雲の曾孫弟子である仏師岩松拾文に弟子入り、修行をした自分こそが「自光雲五代」であると宣言したんですね。中々できる覚悟じゃないですよね。言い方が少し良くないかもしれませんが、流れがあるとはいえ指名されたのではなく自分で勝手に宣言するということですからね。でもそれだけに値する実績、評価のある方なので誰も異議を唱える人はいないでしょう。

自光雲五代の流れは

高村光雲→山本瑞雲→錦戸新観→岩松拾文→加藤巍山

加藤巍山の経歴

  • 加藤巍山(かとうぎざん)
  • 1968年東京両国生まれ
  • 現在は埼玉県白岡市に工房を持つ
2008年~ 全国の高島屋、日本橋三越で展覧会を開催
2016年 東北歴史博物館で「白隠展」を開催
2017年~ 東京・岐阜・山口・富山・大阪で「驚異の超絶技巧!展」を開催
2019年 日本橋にて「示現 加藤巍山」個展開催
2020年2021年 クリスティーズNYに2度出品 なんと3285万円で落札

チャリティー活動にも力をいれているようで、仏像奉納プロジェクトや台風19号チャリティー展、新しい時代の兆しチャリティプロジェクトなどがあります。

もう募集は終わっていますが過去には、コロナ禍の世を憂い五百羅漢寺の泰平の世を呼び寄せると言われる瑞獣「麒麟」像を復活させたいとクラウドファンディングを立ち上げていました。当時、目標であり夢であるとおっしゃていたので、無事沢山の資金を集めることができ達成されたようです。

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自光雲五代と自雪舟五代の違い 加藤巍山まとめ

自光雲五代と自雪舟五代の違いやその意味、加藤巍山さんの経歴を調べてみましたがいかがだったでしょうか?

歴史あるその流れを受け止め宣言をした加藤巍山さんの覚悟は常人では考えられないものです。

これまでも、これからも日本の伝統文化を守り続けて行く加藤巍山を応援しましょう!そして受け継いでいく新たな仏師が現れる事を祈ります。